大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和31年(ネ)156号 判決

控訴人 伊藤転写株式会社

被控訴人 瀬戸信用金庫

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、その各代理人においてそれぞれ左記のとおり陳述したほか、原判決事実欄の記載と同一である。

第一、控訴代理人の主張

(一)  商法第二百六十二条にいわゆる「会社ヲ代表スル権限ヲ有スルモノト認ムベキ名称」は会社が附与したものであることを要する。取締役が勝手に右の名称を使用した場合には同条の適用を生じない。そして控訴会社が平取締役早川清に副社長という名称を附与したことはないから、同人が勝手に副社長と自称していたとしても、本件には同条の適用がない。

(二)  次に表見代表または表見代理において保護さるべき第三者は過失なき善意の第三者である。代表権を有すると自称する者に代表権がないことを通常の注意をもつてすれば容易に知り得たにもかかわらず、その注意を怠つたためにそのことを知らなかつた第三者は保護さるべきではない。

本件についてこれをみるに、控訴会社の平取締役早川清において、同人個人が被控訴金庫より金員を借り入れるにあたつて、控訴会社を代表して右借入につき連帯保証をしたが、その連帯保証の契約書たる取引約定書(甲第一号証)には、作成名義人として、控訴会社の住所、商号、電話番号を表示する記名印と控訴会社の印鑑とが押してあるのみであつて、控訴会社を代表して右契約をする者の氏名の記載もその押印もない。印鑑特に実印を重視するわが国の習俗のもとにおいて、右約定書は、契約書の通常の形式とは甚しく異り、控訴会社を代表して契約を締結する者の記名押印を欠くのである。早川は、同人個人が控訴会社とは全然関係のないキヤバレー営業を開始するために、その資金として被控訴金庫より金員を借り入れたのであるが、それまでは被控訴金庫の職員と全く未知の間柄にあつたものであり被控訴金庫とは全然取引のなかつたものである。被控訴金庫にとつては早川個人の信用程度も不明であつたのである。会社が金員を借り入れるについて取締役個人が保証をすることはよく行われているところであるが、本件は、その反対の場合であつて、極めて稀な事例に属し、一見してただちに取締役個人が会社に負担をかけるものであることが明瞭である。前記の状況のもとにおいては、何人といえども当然に疑問を生ずるはずである。被控訴金庫は、右約定書に控訴会社を代表して契約を締結する者の記名押印をさせた上、控訴会社に照会をするとか、控訴会社の登記簿、その取締役会の決議録等の取調をするとかして調査すべきであつたにもかかわらず、早川が差し出した副社長という肩書のある名刺を軽信し、なんらの調査をもしないで契約をしたのである。電話で照会をすれば、実に易々たるものであるにもかかわらず、このような簡単な調査方法さえもとらなかつたのである。通常の注意をすれば、一挙手一投足の労をもつて、早川に代表権のないことを容易に知り得たにもかかわらず、被控訴金庫はその注意を怠つてそのことを知らなかつたのである。被控訴金庫は公共的性格を有する金融機関として重要な任務を負担しているものである。金融機関一般の事務取扱上の慣習をも参照して考慮すれば、被控訴金庫に重大な過失があつたといわなければならない。したがつて被控訴金庫は表見代表の法理によつて保護を受け得る第三者にあたらない。

(三)  本件連帯保証契約の締結は、定款の定める控訴会社の目的に反する行為であるから、無効である。

一般的には連帯保証契約の締結は会社の目的に反する行為ではないであろう。しかしながら、本件は、会社外部の者が他より金員を借り受けるについて会社が連帯保証をしたような場合ではなく、会社内部の役員個人が他より金員を借り入れるについて会社が連帯保証をしたのであつて、通常の取引とは異るものである。本件は、経済的に観察すれば、控訴会社の取締役が控訴会社をして自己に与信せしめたものであり被控訴金庫を介して控訴会社より金員を借り受けたのと同視すべきものである。しかも控訴会社の右与信行為はこれを受ける取締役自身が控訴会社を代表してしたものである。この具体的事実を客観的に観察して判断すれば、本件連帯保証契約の締結は、会社の目的遂行に必要な行為であるともその目的遂行に附随する業務であるともいうことを得ず、会社の目的に反する行為であるといわなければならない。

(四)  取締役会の承認を得ないでした商法第二百六十五条所定の取引は、絶対的に無効である。少くともその事後承認があるまでは効力を生じない。

取締役早川清は、控訴会社の連帯保証によつて被控訴金庫より金員を借り受けたのであるから、前記のように、控訴会社より与信行為を受けたものであり、控訴会社から被控訴金庫を介して金員を借り受けたのと同視すべきものである。保証と借入とは分離して観察すべきものではなく、その両者を一体として観察すべきものである。そして右法条にいわゆる取引は取締役が第三者を通じて会社と取引をする場合をも含むのである。本件連帯保証契約は、右法条にいわゆる取引にあたるにもかかわらず、今日に至るまで取締役会の承認がないから、その効力を生じない。

なお、この場合、民法第九十三条の適用または準用があるものと仮定しても、本件においては、前記のように、被控訴金庫に重大な過失があつたのであり、本件連帯保証契約の締結につき控訴会社取締役会の承認を得ていないことをも容易に知り得たにもかかわらず、被控訴金庫は注意を怠つてそのことを知らなかつたのであるから、同条但書後段により、連帯保証契約は無効である。

(五)  被控訴金庫の定款によれば、被控訴金庫がその会員でない者に対して資金の貸付をすることは許されない。また信用金庫法第五十三条第一項第二号は、信用金庫の資金の貸付を会員以外の者に対する貸付についてはその者の預金または定期積金を担保とする場合に限定している。そして早川は被控訴金庫の会員ではないから、被控訴金庫の早川に対する貸付行為は、被控訴金庫の権利能力の範囲外の行為であり、その定款の定める目的に反する行為であつて、当然に無効である。したがつて本件連帯保証契約はこの点においても無効である。

第二、被控訴代理人の主張

(一)  控訴会社の取締役早川清は、その代表取締役伊藤貞が年少であつたため、その後見的地位にあつたのであり、これに基いて副社長という肩書のある名刺を常用していたのである。そして早川が前記のような名刺を常用していることについては、伊藤貞はじめ控訴会社の役員一同は、これを知りながら、なんら禁止の措置に出ることなく、むしろ当然のこととしてそのことを黙認していたのである。そして被控訴金庫の係員も、紹介者たる訴外片桐秋太郎も、叙上の事実よりして、早川が控訴会社の副社長であつてその代表権を有するものと信じて疑わなかつたのである。したがつて早川に控訴会社の代表権がなかつたものとしても、商法第二百六十二条により控訴会社は早川の無権代表行為につき責に任じなければならない。

(二)  本件取引約定書(甲第一号証)には、控訴会社の商号の記載とその押印があるだけであつて、控訴会社を代表する者の氏名の記載もその押印もないけれども、諾成契約たる連帯保証契約の証書は、厳正な要式証書ではないから、右のような記名押印だけで十分である。被控訴金庫の係員に過失があつたということはできない。しかのみならず、右法条にいわゆる善意の第三者は過失ある善意の第三者を含む趣旨であることが明白であるから、被控訴金庫に過失があつたとしても、同条の適用がある。

(三)  他人の債務につき連帯保証契約を締結することは、控訴会社の目的の範囲内の行為である。このことは、控訴会社の取締役がその個人の債務につき控訴会社を代表して連帯保証契約を締結した場合において、特に理論を異にするものではない。

(四)  控訴会社が締結した本件連帯保証契約は、取引そのものではなく、取引の手段たる性質を有するものである。また控訴会社が連帯保証債務の履行をすれば主たる債務者早川に対して求償権を有するに至るのであるから、本件連帯保証契約は、商法第二百四十五条第一項第二号所定の契約と同じく、他人と損益を共通にする契約である。したがつて右保証契約は商法第二百六十五条の取引にあたらない。

仮に本件連帯保証契約の締結が同条の取引にあたるとしても、取締役会の承認の不存在は控訴会社の内部的意思決定の存否の問題であるにすぎない。対外行為たる連帯保証契約は、原則として有効であり、その相手方たる被控訴金庫において右承認の不存在を知りまたは知ることを得べかりし時に限り無効である。そして被控訴金庫は、右承認の不存在という隠れたる事情を知らず、またそれを知り得なかつたのであるから、右契約は有効である。

〈証拠省略〉

理由

成立に争のない乙第一号証、記名押印が控訴会社のものであることについて争のない甲第一号証、原審証人片桐秋太郎の証言に徴して真正に成立したものであることを推知し得る甲第二号証、同証言によつて左記早川清(原審相被告)が使用していた名刺であることが明かな甲第三号証、原審における証人梅山義正、同片桐秋太郎及び控訴会社代表者本人伊藤貞の各供述並びに原審及び当審における証人伊藤政倉及び同加藤正清の各証言を総合して考察すると、伊藤貞は、昭和二十六年十月その父なる控訴会社代表取締役社長伊藤茂の死亡と共にその代表取締役社長に就任したけれども、当時はまだ二十一、二歳で年少であり、しかも身体が虚弱であつたため、右貞の姉の夫早川清は、貞の職務の執行を全般的に補佐する目的をもつて昭和二十七年二月に控訴会社の取締役に就任したこと、右清は、会社の代表権を有しない平取締役であつたけれども、貞の委任により会社業務の諸種の事項につき広範囲にわたつて代理権を附与せられ、同人の後見人的立場にあり、事実上副社長的地位にあつたところから、控訴会社の副社長であると自称し、肩書として副社長取締役と印刷した名刺を常用し、会社職員のうちにも清を副社長と呼ぶ者があるという状態であつたが、右貞をはじめとして控訴会社の取締役一同は、早川が叙上のように副社長と自称しその旨を印刷した名刺を常用していることを知りながら、これを禁止する処置に出ることなく、むしろこれを当然のこととして黙認していたこと、清は、同人個人においてキヤバレー営業等をするため資金の必要に迫られて、知人なる日進産業合資会社代表社員片桐秋太郎に相談をし、その結果昭和二十八年一月同人の紹介で被控訴金庫大曾根支店長加藤正清に対し、同金庫より清個人に右資金を貸与されたい旨を申し入れたこと並びにその申入にあたつて右正清に対し、右秋太郎は、清が控訴会社の副社長である旨を告知して、同人を紹介し、清自身もまた、前記のとおり印刷した名刺(甲第三号証)を交付し、控訴会社の副社長であつてその代表権を有するもののように装つて、清個人の債務については控訴会社が連帯保証人となるべき旨を確約し、その結果、正清は、清が控訴会社の副社長としてその代表権を有する取締役であると信じ、しかも秋太郎が被控訴金庫とかねてから取引があつて信用のある者であり、また控訴会社が内容のよい会社であるという世評を以前から聞知していたので、清の右申入を承諾し、同月二十六日清は、被控訴金庫に対し、清個人が手形の振出裏書その他の一切の取引により同金庫に対して負担する債務については金九十万円を限度として控訴会社が連帯保証の責に任ずる旨を約定し、その契約書として、その旨を記載しかつ作成名義人として控訴会社の住所、商号及び電話番号だけを表示した同会社の記名用印並びにその印鑑を押した取引約定書(したがつてそれには控訴会社を代表または代理して契約をした者の氏名の記載もその押印もない。甲第一号証)を差し入れた上、その頃被控訴金庫より金九十万円を借り受け、その債務の支払を確保するために同年三月三十一日同金庫に対し前記日進産業合資会社の振出にかかる被控訴人主張の本件約束手形(甲第二号証)を裏書によつて譲渡したことを認めるに十分であり、前顕本人伊藤貞の供述中右認定に反する部分は信用することができない。本件のように、代表権を有しない平取締役が副社長と自称しており、しかもその他の取締役一同がこれを知りながら禁止する処置に出ることなくむしろこれを当然のこととして黙認していた場合は、取締役会の決議により副社長の名称を附与した場合と同視し、商法第二百六十二条にいわゆる「社長、副社長……其ノ他会社ヲ代表スル権限ヲ有スルモノト認ムベキ名称ヲ附シタル」場合にあたるものと解するのが相当であり、正清が善意であつたことは前記認定のとおりである。なお同条は第三者の善意がその過失に基くと否とを区別していないから、第三者が過失に基いて善意であつた場合においても、同条の適用を生ずるものといわなければならない。されば本件連帯保証契約については、他に特段の事情が存在しない限り、控訴会社は被控訴金庫に対しその責に任ずべきである。

次に乙第一号証によれば、控訴会社の定款は、その目的たる事業として、陶器用転写印刷その他の一般印刷、その印刷物等の販売並びにそれらに附帯する一切の事業と掲記していることが明かである。そしてある一定の行為が会社の目的の範囲に属するか否かの問題は、その行為の種類性格等と定款所定の目的その他の事項とを対比して、客観的抽象的に決すべきものであるところ、前記のような印刷、印刷物の販売等を目的とする会社においても、他人の手形上の債務、消費貸借上の債務等について連帯保証契約を締結することは、一般に、会社の目的を遂行し会社が社会生活経済生活を営むために必要にして適当な行為であるといわなければならないから、会社の目的の範囲内の行為であると解すべく、したがつて本件連帯保証契約の締結は控訴会社の目的の範囲に属するものというべく、この点に関する控訴人の抗弁は排斥する。

次に本件のように、取締役個人が他より金員を借り受けその債務の履行確保のために手形の振出裏書等をなすにあたり、その消費貸借または手形行為に基く取締役個人の債務につき会社が連帯保証をする行為は、右の取締役個人には利益であるが、会社にとつては不利益な行為である。しかもその行為は、取締役個人が第三者を通じて会社と取引をするものであるから、間接的なものではあるけれども、取締役個人と会社との取引の一種に属するものということができる。叙上の行為を経済的に観察すれば、取締役個人が会社の与信行為によつて金融を得るのであり、会社自体より金融を受けるのと同視すべきものである。このように取締役個人が第三者を通じて会社と取引をする場合もまた、その取引が取締役個人と会社との利害が反するものである限り、商法第二百六十五条所定の「取締役ガ……会社ト取引ヲ為ス」場合にあたるものと解さなければならない。そして取締役会の承認(事前の承認)受けないでした同条所定の取引行為の効力については、判例学説上見解の分れるところであるが、民法所定の無権代理行為の効力と同様に解する見解が正当である。ところが本件連帯保証契約について、控訴会社取締役会の事前の承認はなかつたことが明瞭であり、その事後の承認に基く控訴会社の追認があつたことを認めるに足る証拠は存在しない。

もつとも前顕証人伊藤政倉及び同加藤正清の多証言によると、被控訴金庫大曾根支店においては、本件連帯保証契約の締結にあたり、これにつき控訴会社取締役会の承認(事前の承認)がないことを知らず、この点についても善意であつたことを窺知することができる。しかしながら、更に右各証言によれば、被控訴金庫においては、従来控訴金庫及び早川清のいずれとも取引がなく、清は全く未知の者であり、控訴会社については上記のような世評を聞知していた程度であり、本件取引が最初のものであつたこと、同金庫大曾根支店においては、前記のように、信用ある秋太郎の紹介、清の名刺と言葉並びに控訴会社の内容に関する世評を基礎として本件取引をしたのであるけれども、ただそれだけを信頼したのであり、その他にはなんらの調査もしないで、本件貸付及び連帯保証を承諾したものであることが明かであり、当審証人渡辺忠夫の証言によれば、銀行、金庫等の金融機関は、従来なんらの取引もない会社と最初に金員の貸付その他の取引をする場合には、その会社の登記簿謄本、会社を代表または代理して契約をする者の資格証明書、印鑑証明書等を取り寄せると共に、会社の営業経理の内容等を十分に調査するのが通常であり、個人と最初に取引をする場合にもほぼ同様であること並びに会社の債務につきその取締役が保証をすることはしばしば行われているところであるけれども、取締役個人の債務につき会社が保証をすることは極めて稀であることを認めるに足る。しかも本件取引は、取締役個人の債務につき会社が保証するものであつて、取締役個人には利益であるが、会社にとつては不利益なものであり、したがつて取締役会の承認の有無が問題となる取引であることは、その取引内容自体に照して、一見して明瞭であり、特に本件は、主たる債務者清個人の債務につき同人自身において控訴会社が連帯保証人となることを約定したのであるから、清の専断的権限濫用的行為ではなかろうか、という疑惑が当然に生ずべき取引である。また本件連帯保証の契約書たる前記取引約定書における控訴会社の記名押印は、前記のように会社を代表または代理して契約をする者の署名または記名押印を欠くものであるから、必ずしも十分な型式を具備したものとはいいえないであろう。そして控訴会社取締役会の承認の有無等を調査しようとすれば、清に対してその証明書類の呈示を請求するとか、控訴会社に電話をかけて清以外の他の取締役より事情を聴取するとかの至極簡単な調査方法をとることができ、しかもその程度の調査方法をとれば取締役会の承認のない事実を容易に確知し得たはずであるにもかかわらず、被控訴金庫の係員は、この程度の調査方法さえもとらなかつたために、右の事実を知らなかつたのである。右説示の諸点を総合して判断すれば、被控訴金庫は、金融機関として通常用うべき注意を怠り、過失に基いて、控訴会社取締役会の承認がなく、したがつて清が本件連帯保証契約の締結については権限を有しないものであることを知らず、善意であつたのであり、被控訴金庫に民法第百十条にいわゆる正当事由が存在しないから、本件は、代理人がその権限外の行為をした場合にあたるけれども、同条の適用がない。

これを要するに、本件連帯保証契約は商法第二百六十五条違反の取引として無効であり、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、この点において理由のないものである。

被控訴人の本訴請求を全部理由なしとして棄却すべく、これを一部認容しその余を棄却した原判決は変更を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例